晩春の午後、放課後。
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古泉視点

 涼宮さんが午後の授業をサボってどこかに出かけたらしい、との連絡が『機関』から入りました。こういう場合学外で涼宮さんの監視をするのは別の人間の役目なので、僕は基本的に関わりません。彼女が何をしているかによって対応を変えなければならないため、彼女の行動は逐一連絡が入りますけれどね。
 涼宮さんが何をなさっていたのかと言うと、どうやら街まで出て洋服を購入したらしい、とのことです。もちろんただの洋服ではありません。いわゆるコスプレショップなどと呼ばれる場所に行かれていたそうですから、新しい朝比奈さんの衣装なのでしょう。僕が転校してくる以前にも、授業をサボって所信表明を印刷していたことがあったそうですから、放課後すぐに活動出来ないと気が済まないといったところでしょうか。彼女らしいですね。
 帰ってきたら朝比奈さんは強制的に着替えされられることでしょう。僕が用意すべきは朝比奈さんと涼宮さんに差し上げるべき讃辞でしょうが、正直に申し上げるとなかなか眼福と言えますので特に苦労することもなく出てくるでしょう。
 
 放課後、涼宮さんのいない静かな部室で、いつも通りの時間を過ごしている……と言いたいところですが、どうも彼は落ち着かないようです。僕がいくつかのボードゲームを示しても首を横に振るばかりで、なんとなく団長席を眺めているのは、授業までサボってどこに行ったのかが気になっているからでしょう。
 その涼宮さんは放課後、少し遅れて文芸部室までやって来ました。
「おっまたせー!」
「誰も待っちゃいない」
 すかさず彼がツッコミを入れますが、どう見ても一番待っていたのはあなたですよ、と言いたくなりますね。まったく、先ほどまでの顔をビデオにとって見せてあげたいくらいですよ。
「さあ、みくるちゃん! あたし厳選の新しい衣装を用意したわよ! メイド服も飽きたでしょう、着替えるわよ!」
「ひぃぃ!? あ、やめてぇー!」」
 言うが早いか朝比奈さんに飛びかかり、既に着替えていたメイド服を脱がそうとする涼宮さんと、抵抗らしい抵抗も出来ないまま悲鳴をあげる朝比奈さんといういつもの光景が繰り広げられそうなので、ここらで退散するとしましょうか。
 彼と目が合うと、溜息を吐いて席を立ちました。その目は「やれやれ、俺の言ったことなんかまったく聞いちゃいない」とでも言っているようですが。

「まったく、授業サボってどこ行っているのかと思ったら……」
 廊下に出た彼が早速文句を言い始めました。心配させやがって、と正直に言えたら彼も幸せになれるし僕も楽になれると思うのですが。
「新しい衣装を授業中に思いついたのでしょうね。思い立ったら即実行、とは何とも涼宮さんらしいじゃないですか」
「また朝比奈さんに無茶な格好させてるんじゃないだろうな」
「朝比奈さんも以前ほどコスプレには抵抗ないようですし、それで涼宮さんの機嫌がいいなら何も問題はないと思いますが」
 僕がわざとそう言うと、彼は苦虫を噛み潰したような顔になりました。しかし涼宮さんが買われた衣装はさほど無体なものではありませんでしたよ。それを僕が知っていることはもちろん言えませんが。代わりにこう言っておきましょうか。
「あなただって楽しみにしているのでしょう」
 彼は返事をする代わりに視線をそらして溜息を吐きました。
「お待たせー! 入っていいわよー!」
 涼宮さんはそう言うと同時にドアを開き、そのドアにもたれかかっていた彼はそのまま部屋の中に転がり込んでしまいました。いつかの焼き直しといったところですが、彼は以前のことを忘れていたのか、それともわざと……ではないでしょうね。彼はそういう性格ではありませんから。
「こらぁ! キョン! またあんたはみくるちゃんのスカートの中覗こうとしたでしょう!」
「してねーっつーの! お前がいきなりドアを開けるから悪いんだろ!」
 ああ、また痴話喧嘩が始まりましたね。放っておくのが一番でしょう。それよりお似合いですよ、朝比奈さん。
「あ、ありがとうございます」
 少し赤くなりながらもニッコリ笑ってお礼をおっしゃる朝比奈さんは、女性警察官、つまり婦警さんの格好をしていました。僕の言葉を聞きつけた涼宮さんは朝比奈さんに抱きつくとまるで自身のことのように褒め始めました。
「ほんっとみくるちゃん似合うわ! 最高よ! これでどんな犯罪者もイチコロだわ! 誰だってみくるちゃんに捕まえてくださいって言いに来るに決まってるわよ!」
「まったくその通りですね」
 いつも彼に太鼓持ちなんて言われていますが、今回は別に涼宮さんのために言っているわけではありません。それほど朝比奈さんは何を着てもお似合いです。しかし彼の表情が気になりますね。そんなに目を細めていると涼宮さんの機嫌が悪くなりかねないのですが。
「ちょっとキョン! 何ニヤニヤしてるのよ、エロいこと考えてるんじゃないでしょうね!」
「お前なぁ……」
 反論はせずに溜息を吐くあたり、実は図星なのでしょう。あまりあからさまな態度をとられるのは止めて頂きたいですね。
「だいたい朝比奈さんが何着ても似合うのは別にお前の手柄じゃないだろ。何でお前がそんなに自慢げなんだよ」
「だってあたしが選んだんだから当たり前じゃない!」
 それは衣装のことでしょうか、それとも朝比奈さんのことでしょうか。
「まあお前の目が高いってことにしておくかね」
 そうでしょう、と言いながらもなんとなく涼宮さんは彼の目線が気になるようです。僕も気になりますよ、まったく違った意味で。
 ところがそう心配することもなかったようです。彼は僕も予想していなかったことを口にしました。
「ああいうカチッとした衣装はお前が着ても似合うんじゃないのか?」
 多分彼も、涼宮さんだって朝比奈さんに負けず劣らず何を着ても似合うことなど承知なのでしょう。その上で、普段なら言わないようなことをわざわざ言ったということは、おそらく本心はこうです。
「朝比奈さんよりお前の方が似合うんじゃないのか?」
 そう素直に言えないのが彼らしいところですけれど。
 涼宮さんは驚いたようですが、
「マスコットキャラはみくるちゃんだけでいいのよ! あたしは団長なんだから!」
 と言うと団長席に座ってパソコンをいじり始めました。それでも少し赤面なさっているのを彼は気づいていません。本当に肝心なところは見ていないのですから困ったものです。

 結局その日も2人の間にたいした進展はなく1日が終わろうとしていました。
 長門さんの本を閉じる音を合図に解散するのはいつも通りですが、涼宮さんはもう少しパソコンで調べ物をしたいから残るとおっしゃったので、めずらしく4人での下校ということになりました。なんとなく彼は部室を気にしているようですが、自分も残るとまでは言い切れないようです。
 しかし僕としたことが迂闊なことに、部室に教科書を忘れてしまいました。仕方ない、引き返すことにしましょう。
 
 部室のドアをノックすると、涼宮さんは焦ったようです。
「えっ! あ、ちょっと待って! 誰?」
「すみません、古泉です。忘れ物をしてしまったので取りに戻ったのですが……」
「こ、古泉くん?」
 しばらく沈黙の時間が過ぎました。どうしたのでしょうか。
「……入っていいわよ」
 お許しが出たのでドアを開けて、僕は少々驚きました。涼宮さんは先ほど朝比奈さんが着ていた衣装、つまり婦警のコスプレをしていたのですから。
「べ、別にあたしが買ったんだからあたしが着たっていいでしょ!」
 何も言っていないのにいいわけを始めるあたりがとても可愛らしいのですが、どう考えても今日の彼のセリフに影響されているわけで、思わず笑みがこぼれます。もっとも僕はいつも笑っているようにしているので、たいして影響は出ないはずですが。
「ええ、もちろんそうですね。涼宮さんもよくお似合いですよ」
 そう言って目的物を手にすると、早く帰ることにしました。僕がいつまでもいると、涼宮さんも居たたまれないでしょう。
「……誰にも言っちゃダメよ!」
「かしこまりました」
 口ではそう言いましたがどうしましょうね。どうも先ほど昇降口で別れる際、彼もそのまま靴を履き替えるか逡巡していたように見受けられましたから、まだ学内にいる可能性が高いのですが。
 少し考えて、僕は部室を出るとすぐに彼の携帯に電話をかけました。

『なんだ』
 相変わらず少し不機嫌そうな声で出ます。いつものことですが、まあ僕が彼に電話する用件はろくな内容じゃないと思われるのもやむを得ないですね。
「いえ、部室に残っていらっしゃる涼宮さんの件で少々お話が」
『なんだよ。勝手に部室に残って機嫌が悪くなったとしても俺のせいじゃないだろ。それで閉鎖空間が発生したと言われたって……』
「そうではありません」
 彼の言葉をわざと遮りました。少しせっぱ詰まった感じを演出するためです。
「すぐに部室に戻ってください。事情は後でお話しします。僕は対応に向かわなければならないのでこれで」
『おい、古泉? 何があったんだよ!』
 説明を求める彼の声を無視してわざと電話を切りました。早くしないと涼宮さんが着替えてしまうかもしれませんからね。

 昇降口から遠い方の階段に隠れて見ていると、彼はやはり学内にいたようですぐに現れました。彼がノックもせずにドアを開いたのを確認して、僕はその場を立ち去りました。
 部室でお2人がどうしたのか、僕は機関の出歯亀……じゃなかった、監視員からの報告を受けて知ってはいますが、彼らのために黙っておくことにしましょう。

 翌日、涼宮さんから罰ゲームを言い渡されることを覚悟していたのですが、どうやらお咎めなしのようです。お2人は仲良く揃って部室に顔を見せました。態度は普段と変わっていないようですが、2人を取り巻く空気がまったく違う物になっていますよ、お気づきではないですか。長門さんも気づいているでしょうし、朝比奈さんも不思議そうな顔をして見ています。
 僕は少し肩の荷が下りた気分ですよ。ここは彼の言を借りましょうかね。「やれやれ」、と。
 今日もいつも通りのSOS団として、無意味でいて奇妙な、そしてかけがえのない時間を過ごすことにしましょうか。


 晩春の午後、放課後。
 朝比奈さんはお茶を淹れ、長門さんは静かに読書、僕と彼はゲームに興じ、
 涼宮さんは上機嫌。
 なべて世は事も無し、ですね。


  おしまい。



別タイトル、「古泉の陰謀」www